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名古屋高等裁判所 昭和61年(ネ)286号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(被告)

稲葉幸好

ほか一名

被控訴人(附帯控訴人)(原告)

水谷次夫

主文

一  控訴人らの本件控訴に基づき、原判決主文一、二項を次のとおり変更する。

1  控訴人らは被控訴人に対し、各自金一三八四万五二三〇円及び内金一二三四万五二三〇円に対する昭和五七年三月二日から、内金一五〇万円に対する昭和五八年一〇月三〇日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人の控訴人らに対する本件各附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の申立

1  控訴人ら

(一)  控訴の趣旨

(1) 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2) 被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。

(3) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(二)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(1) 本件附帯控訴を棄却する。

(2) 附帯控訴費用は、被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一)  控訴の趣旨に対する答弁

(1) 本件各控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は、控訴人らの負担とする。

(二)  附帯控訴の趣旨

(1) 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

(2) 控訴人らは被控訴人に対し、原判決が認容した金員のほかに、各自金四八一七万四一三八円及び内金四三八七万四一三八円に対する昭和五七年三月二日から、内金四三〇万円に対する昭和五八年一〇月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

二  当事者の主張及び証拠関係は、次に訂正、付加するほか、原判決事実摘示第二項並びに原審及び当審訴訟記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(訂正)

1  原判決二枚目裏七行目の「三六号線」を「三六五号線」に改める。

2  同一二枚目裏八行目末尾に「同3の事実は、認める。」を加える。

(被控訴人らの付加した主張)

1  被控訴人の本件事故前の収入について

(一) 被控訴人の本件事故前四年間の所得税の申告収入額は、次のとおりである。

昭和五三年 二八五万四五三一円

昭和五四年 二九二万五四九五円

昭和五五年 二五八万二四七一円

昭和五六年 一八三万九〇六五円

すなわち、右四年間の平均は、一か年当たり二五五万三九〇円であり、被控訴人の主張が真実であるとすれば、被控訴人は、実所得の二割弱程度しか申告していないことになり、このような悪質な脱税のために作成された裏帳簿に証拠能力を認めること自体疑問があり、修正申告すらしていない被控訴人の主張を認めることは、ひいては被控訴人の脱税を容認し、違法行為者に法的保護を付与する結果となるもので、許されないものというべきである。

(二) そもそも裏帳簿は、多くの場合、たとえば金融機関や取引先に対し、過大な評価をさせるため、実所得とは別に過大な粉飾をして作成されるものであるが、仮にそうではなく、裏の帳簿を過小申告のために作成し、裏帳簿を実所得を把握するために作成するという場合には、脱税の発覚をおそれるあまり、自己の覚書として作成される程度の極めて不正確なものでしかないはずであり、その信用性は極めて低い。被控訴人は、裏帳簿といつても毎年正規の帳簿の原則に従つて複式簿記により記帳していたわけではなく、裏帳簿のための金銭出納帳すら記帳しておらず、ほとんどの資料は単に本訴訟のために事後的に作成したものにすぎないから、税務署への申告とは逆に、売上を過大にし、費用は過小にとることも容易である。

現に、被控訴人が提出した収支計算書(甲第四号証、以下「本件収支計算書」という。)及び請求書(甲第六号証の一ないし四七二)などには、次に指摘するような著しい不備があり、利益計算も損益計算しかされておらず、合理性のないものである。すなわち、

(1) 売上について

(ア) 本件収支計算書には、丸万に対する売上が昭和五三年度二一九万三二一〇円、同五四年度六四万五四五〇円計上され、杉本商店に対する売上が昭和五四年度五〇六万七八三三円、同五五年度五一八万七〇四五円、同五六年度五三二万三四六一円も計上されているが、これに対応する請求書の控えは、ほとんど欠落している。

(イ) 昭和五三年一一月分、同五四年九月分(一部)、一〇月分、同五六年一〇月分(一部)、一一月分、一二月分の請求書の控えが欠落している。

(ウ) 本件収支計算書によれば、売上は現金主義に基づいて計算されているようであるが、そうであれば、請求書でなく、領収書の控えを証拠として提出しなければならないのに、これが提出されていない。

(2) 費用について

(ア) 本件収支計算書は、本件事故後に本件訴訟のために作成されたものであるから、原価計算するための実地棚卸をすることができないにもかかわらず、期首、期末の棚卸高が計上され、これに基づいて原価計算されている。

(イ) 本件収支計算書には、昭和五五年以降の人件費の明細が記載されているが、同五三年度、五四年度については記載されていない。

(ウ) 水谷しづへ作成名義の報告書(甲第七号証)に、外注先が存する旨の記載があるのに、本件収支計算書には、昭和五六年度に外注工事が計上されているだけで、他の年度には計上されていない。

(エ) 本件収支計算書によれば、他の年度にはすべて一二月に賞与が計上されているのに、昭和五六年一二月には計上されていない。

(オ) 被控訴人提出の昭和五七年度の損益計算書(甲第一〇号証)によれば、商品買戻費なる費用が計上されているのに、本件収支計算書には、この計上がない。

(カ) 本件収支計算書には、昭和五三年から同五五年三月までの光熱費の明細が記載されていない。

(キ) 前記水谷しづへ作成名義の報告書には、昭和五四年四月にベルトコンベアーを、同年八月に省エネルギー電気窯一・五立部二基購入とあるが、本件収支計算書には、右資産の減価償却がされていない。

(ク) 売上代金の決済がほとんど手形でされているのに、本件収支計算書の支払利息割引料の計上が著しく低額である。

(3) 利益について

(ア) 利益の算定は、損益計算書に基づく損益計算だけでは不正確であり、貸借対照表に基づく資産の増減も示さなければならない。しかるに、被控訴人は、税務署に提出した決済書を提出していないばかりか、裏帳簿に基づく貸借対照表も作成していない。

(イ) 被控訴人主張の所得は、専従者給与分及び減価償却費を加算すれば、毎年一七二三万八五四四円の資産増加があり、被控訴人主張のように毎月平均七〇万円もの生活費が必要であつたとしても、毎年九〇〇万円弱、四年間で約三六〇〇万円弱の資産の増加があつたはずである。しかるに、被控訴人は、この点について首肯しうる証拠を提出しない。

(三) 被控訴人は、本件事故により年収が激減した旨主張する。しかしながら、前記水谷しづへ作成名義の報告書に「事故後人員整理した」との記載があるが、本件収支計算書によれば、被控訴人はすでに昭和五六年度に人員整理をしているし、被控訴人主張の所得金額によつても、昭和五三年から毎年減少しており、同五六年度は激減している。また、被控訴人提出の前記損益計算書(甲第一〇号証)は、申告のための数字か、裏帳簿による数字か明らかでない。

(四) 被控訴人主張の所得が過大であることは、統計上からも明らかである。すなわち、中小企業庁が集計した陶磁器製造業の平均利益率は、二〇人以下の従業員の場合、昭和五三年度が一〇・五パーセント、同五四年度が六・一パーセント、同五五年度が九・一パーセント、同五六年度が八・九パーセントであり、被控訴人主張の約二一パーセントの利益率と大幅に相違している。右平均利益率は、欠損企業を除いたいわゆる黒字企業の統計によるもので、極めて信用性の高いものであるから、これと著しく相違する被控訴人主張の所得額は、到底信用できない。

2  被控訴人の後遺障害の程度と労働能力喪失率について

自賠責保険事務所は、被控訴人の後遺障害について、その等級を一二級の複合として一一級相当と判断していることからみても、被控訴人の主張する等級は過大である。また、鞭打ち損傷による後遺障害は、通常二年ないし五年の喪失期間を認める例が多く、被控訴人についてもこれと異なる認定をすべき特段の事情は存しない。そして、仮に、被控訴人の症状が回復の見込みがないとしても、それは被控訴人の老齢化に起因するものであつて、本件事故との間に因果関係はない。

(被控訴人の付加した主張)

1  被控訴人の後遺障害について

被控訴人は、市立四日市病院に転医した昭和五七年七月二七日以降も同病院整形外科に継続して通院しており、他にも山本整形外科で診断を受けるなどしてきたが、現在でも腰、右膝、右足首の痛みが強く、昼間少し仕事に精を出すと夜は痛みで眠れない状態である。そのほか、記憶力、判断力の点においても従前に比して更に症状が悪化している。

2  被控訴人の本件事故前の収入について

(一) 本件収支計算書(甲第四号証)は、被控訴人方の帳簿、伝票などに基づいて作成されたもので、本件事故前における被控訴人の収入を忠実に反映している。

(二) 被控訴人の昭和五三年一月から同五七年八月までの間の売上は、被控訴人の妻しづへ(以下「しづへ」という。)が記帳した帳簿(甲第五号証の一ないし五六、ただし、各月の合計欄のみは、税理士田中寿一事務所で記載された。)により明らかであり、右帳簿は、被控訴人の売上の実態を最も忠実に反映した原始資料である。

(三) 被控訴人、しづへ及び長女まゆみ(以下「まゆみ」という。)は、北伊勢信用金庫及び桑名信用金庫に、被控訴人が用いた架空人(ヤマシタマサノリ)名義の分を含めて、定期性預金を有していたが、昭和五四年一月から同五六年一二月までの間の右各名義の分を合計すると、被控訴人方では、定期性預金に限つても、七〇〇万円から二三〇〇万円程度の残高が存在していた(甲第二四、第二五、第二七号証の各一ないし三六、第二六号証の一ないし三五、第二八号証)。なお、被控訴人は、対税上の考慮から、家族名義の預金のほかに架空人名義の預金、株式、金地金及び宝石などの資産を多額に有していたが、本件事故後に、生計のためやむなくそのすべてを解約若しくは処分している。

(四) 昭和五三年一二月二八日より同五七年四月一〇日までの間の被控訴人の北伊勢信用金庫川原町支店当座預金に関する小切手帳の耳(甲第二九号証の一ないし六二二)から、被控訴人方の家計費の規模を検討すると、次のとおりである。

右各小切手の耳の渡し先欄若しくは適用欄の記載からみて被控訴人方の家計のための支出であることが明確な小切手の金額の合計は、六七一二万二五九一円である。ただ、この内には、従業員の給料の支払に充てられた分が含まれているところ、その額を知ることができないので、試みに本件収支計算書(甲第四号証)記載の昭和五四年ないし同五六年の支払賃金の合計額三一二八万七〇八九円を控除してみると、残額は三五八三万五五〇二円となる。そうすると、被控訴人方の一か年当たりの家計費は、控え目に計算しても、一一九四万五一六七円となることが知れる。

(五) 被控訴人は、本件事故当時、一一〇坪の自宅を別の土地に新築する予定で、昭和五一年ごろから、大工であるしづへの兄に依頼して良質な建材を買い求めており、相当の調達費用を出していた(甲第三〇号証の一ないし五、第三一号証)。

(六) 被控訴人は、昭和五六年七月三日から同五八年四月二五日までの間に、まゆみのアメリカ留学のため、通貨を交換し、又は送金しているが、その際の銀行伝票(甲第三二号証の一ないし一〇)の合計額は、二七七万九九五一円となる(なお、甲第四二号証も同様の送金書である。)。また、まゆみの右アメリカ留学に伴う国際電話料金として、毎月六万円程度を要していたほか(甲第三三号証の一ないし三)、小包郵便の配達にも相当の出費をしている(甲第三四号証の一ないし八)。そして、まゆみが高校を卒業して以来現在までに、同人の養育に要した費用のうち、金額の判明した特別の出費を集計すると、二八九四万三〇〇〇円に達する(甲第三五号証)。

(七) なお、控訴人ら指摘の杉本商店との取引は現金でされており、このように現金売りの場合は、出荷と支払が同時であるので、甲第六号証のような請求書は作成されることがない(甲第四〇号証)。また、利益率についても、万古陶磁器工業協同組合は、被控訴人のようなオリジナル商品の製造業者に対しては、粗利益が四〇パーセント程度になるように指導している(甲第四一号証)。

理由

一  請求原因1、2(一)及び3の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件事故による被控訴人の後遺障害についての判断は、次に訂正、付加するほか、原判決理由二項説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目表九行目の「一ないし七、」を「一(乙第一号証の一に同じ。)、二(乙第一号証の二に同じ。)、三(乙第一号証の三に同じ。)、四(乙第一号証の五に同じ。)、五(乙第一号証の四に同じ。)、六(乙第一号証の八に同じ。)、七(乙第一号証の七に同じ。)、」に、一〇行目の「乙第一号証の一ないし八、」を「乙第一号証の六、」に、一一行目の「同水谷しづへ」を「原審及び当審証人水谷しづへ」にそれぞれ改める。

2  同一三枚目裏四行目末尾に次のとおり加える。

「原審及び当審証人水谷しづへの証言並びに原審における被控訴人本人尋問中右認定に抵触する供述部分は、前記認定に供した証拠に照らして採用し難い。」

3  同一四枚目表九行目全部を「している。」に改める。

4  同一五枚目表二行目の「四の4で」とあるのを削除し、五行目の「証人」から同枚目裏五行目末尾までを次のとおり改める。「成立に争いのない甲第二一号証、原審及び当審証人水谷しづへの証言、原審における被控訴人本人尋問中には、右主張にそう記載、供述があるが、これらの記載、供述部分は、前掲甲第一四号証、原審証人坂野達雄の証言及び原審における鑑定人坂野達雄の鑑定の結果に照らして採用し難い。」

三  本件事故により被控訴人の被つた損害

1  治療費、通院交通費及び入院雑費についての判断は、原判決理由四項1、2と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決一六枚目表五行目の「同水谷しづへ」を「原審証人水谷しづへ」に改める。

2  休業損害

(一)  原審証人水谷しづへの証言により成立を認める甲第七号証、第一一号証の一ないし四、原審及び当審証人水谷しづへの証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果を併せると、被控訴人は、陶器(万古焼)製造業を営んでいるもので、その営業形態は、原判決一七枚目裏一行目から一八枚目表一行目までに認定のとおりであること、被控訴人の本件事故前四年間の所得税の申告収入額は、控訴人らが当審で付加した主張1(一)のとおりであつて、年平均二五五万三九〇円であり、また、右所得税の申告書の事業専従者欄に記載された被控訴人の妻しづへの専従者給与額は、昭和五三年分が一七一万円、同五四年分が一九五万円、同五五年分が一八〇万円、同五六年分が一八〇万円であることが認められる。

(二)  ところで、被控訴人は、前記申告所得額は過小に申告したものであつて、被控訴人の本件事故前四年間の年平均実所得は一三五〇万九九〇一円である旨主張し、右主張を証するものとして、原審証人水谷しづへの証言により成立を認める甲第四号証(本件収支計算書)、甲第五号証の一ないし五六(売上帳)、甲第六号証の一ないし四七二(請求書)などを提出し、かつ、原審及び当審証人水谷しづへの証言中には、右主張事実にそう供述が存する。しかしながら、被控訴人の主張する所得額は、右申告所得額の約五・三倍に達するうえ、被控訴人は修正申告もしていない。また、原審及び当審証人水谷しづへの証言に弁論の全趣旨を併せると、被控訴人は、昭和四八年ごろに税務調査を受けた経験があり、いわゆる裏帳簿といつても正規の帳簿処理がされていたわけではなく、裏帳簿のための現金出納帳や仕入帳も証拠に提出されていないこと、本件収支計算書(甲第四号証)は、本件事故後に被控訴人の依頼により本件訴訟に用いるために税理士田中寿一事務所で作成されたものであり、そのもとになつた売上帳(甲第五号証の一ないし五六)及び請求書(甲第六号証の一ないし四七二)などの資料も、その多くが本件事故後にはじめて同税理士事務所に提出されたものであることが認められる。そして、前掲甲第七号証とも照らして右甲号各証を検討すると、右甲号各証には、控訴人らの当審における付加主張1(二)(1)の(イ)、(ウ)、(2)の(ア)、(イ)、(エ)、(カ)、(キ)で指摘するような不備、疑問の点も存する。

なお、当審証人水谷しづへは、領収証の控が提出できない理由として、被控訴人の売上や仕入については判取帳で処理するのが通例であつて、領収証を出すことはほとんどないと述べるものであるが、右判取帳については、本件事故後の昭和五七年三月二〇日ごろ、一緒においてあつた現金や宝石は盗まれることなく、判取帳や、労働者名簿、賃金台帳及び領収証などの帳簿類が盗難に遭つた旨供述し、証拠として提出していない。また、右水谷しづへの証言中には、毎年正月に綿密ではないが、およその棚卸をして口頭で税理士に報告していた旨の供述が存するが、その内容に照らしても、被控訴人が毎年信頼するに足りる棚卸を実施していたものとは認め難い。更に、成立に争いのない乙第二ないし第五号証によると、中小企業庁が集計した昭和五三年度ないし同五六年度の従業員二〇人以下の陶磁器製造業の売上高対営業利益率は、控訴人ら主張のとおりで、その平均は八・二五パーセントであり、被控訴人主張の利益率(平均二一・一パーセント)はこれを大幅に上回るものである。

右に検討したところから判断すると、被控訴人の前記主張にそう前掲甲第四号証、第五号証の一ないし五六、第六号証の一ないし四七二並びに原審及び当審証人水谷しづへの供述部分は、たやすく採用し難い。なお、被控訴人は、被控訴人がその主張の収入を得ていたことを裏付ける資料として、いずれも当審証人水谷しづへの証言により成立を認める甲第二三号証の一、二、第二四、第二五、第二七号証の各一ないし三六、第二六号証の一ないし三五(第二四ないし第二七号証関係は、原本の存在も認められる。)、第二八号証、第二九号証の一ないし六二三、第三一号証、第三五号証、成立に争いのない甲第三二号証の一、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一ないし八、原本の存在及び成立に争いのない甲第三二号証の二ないし一〇などを提出するが、右甲号各証によれば、被控訴人のした前示各申告所得額が過小であり、被控訴人に右申告額を相当に上回る所得があつたことがうかがわれるものの、これらの資料から、被控訴人にその主張の額の実所得があつたことまでを認定することはできない。また、当審証人水谷しづへの証言により成立を認める甲第四一号証は、単に万古陶磁器工業協同組合の理事が一般的に収益性について推測を記したもので、同様に被控訴人の主張を証するに足りるものではない。そして、他に被控訴人主張の所得額を認定するに足りる的確な証拠は存しない。

以上要するに、被控訴人の前示申告所得額は過小であり、被控訴人は本件事故前右申告所得額を相当上回る収入を得ていたことがうかがわれるものの、その実所得額を確定するに足りる確かな証拠は存しないから、このような場合には、右申告所得額によるかもしくは男子労働者の平均賃金収入がより高額のときにはその額をもつて損害額算定の基礎とするのが相当である。そして、成立に争いのない甲第一号証によると、被控訴人は本件事故当時満五三歳(昭和三年七月五日生)であつたことが認められるところ、賃金センサス昭和五七年第一巻第一表男子労働者学歴計五〇歳から五四歳の年間収入額は、四六四万九七〇〇円であり、この額は、被控訴人の前示申告所得額に被控訴人妻しづへの専従者給与額を加えた額を超える額であるから、右額をもつて損害額算定の基礎とする(なお、前示甲第一一号証の一ないし四によれば、被控訴人が本件事故前四年間にした所得税の確定申告書に記載された売上額の年平均額は五一五三万一三一〇円となり、これに前示中小企業庁が集計した売上高対営業利益率の平均値八・二五パーセントを乗じると四二五万一三三三円となり、この額は、前示平均賃金収入額にほぼ近い額となる。)。

(三)  原審及び当審証人水谷しづへの証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、本件事故による受傷により、症状が固定した昭和五八年三月三日までの一年間実質的な稼働ができず、この間しづへが被控訴人の営業を取り仕切つたものの、被控訴人の休業分を補填するような収益を上げることができなかつたことが認められるから、被控訴人は、その間前記四六四万九七〇〇円相当の休業損害を被つたものと認めることができる。

8 逸失利益

逸失利益についての判断は、次に訂正するほか、原判決一九枚目裏九行目から同二一枚目裏四行目までと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一九枚目裏九行目の「証人」を「原審及び当審証人」に改める。

(二)  同二〇枚目表六行目の「到底」及び七行目の「引続き」をいずれも削除し、八行目の「指揮をとつており、」から一一行目末尾までを「指揮をとつているが、従前のような収益は期待できないこと。」に改める。

(三)  同二一枚目表一一行目の「前記3で」から同枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「前記認定の被控訴人の本件事故前の年収額(四六四万九七〇〇円)を基礎としてその逸失利益の現価をホフマン方式(ホフマン係数九・八二一)により算出すると、次のとおり一五九八万二六四六円となる。

4,649,700×0.35×9.821=15,982,646」

4  慰藉料及び損害の填補についての判断は、次に訂正するほか、原判決理由四項5、6記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二二枚目表一行目冒頭から三行目末尾までを「及び控訴人らの原審における主張3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。」に、六行目末尾の「1」から七行目の「五三九四万二六四五円」を「損害金合計二六九七万三六三〇円」に、九行目の「三九三一万四二四五円」を「一二三四万五二三〇円」にそれぞれ改める。

5  弁護士費用

被控訴人が本訴の提起、追行を弁護士である被控訴人訴訟代理人に委任して行つてきたことは、当裁判所に明らかであるところ、本件事案と審理の内容、前記認容額等を勘案すると、弁護士費用については、そのうちの一五〇万円をもつて本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

四  そうすると、控訴人らは被控訴人に対し、連帯して、以上の損害金合計一三八四万五二三〇円及び弁護士費用を除く内金一二三四万五二三〇円に対する本件事故の日である昭和五七年三月二日から、弁護士費用分一五〇万円に対する訴状送達後である昭和五八年一〇月三〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よつて、控訴人らの本件控訴に基づき、右と異なる原判決主文一、二項を主文一項のとおり変更し、被控訴人の本件各附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)の負担につき、民訴法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宇野榮一郎 日髙乙彦 三宅俊一郎)

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